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建築家・安藤忠雄

建築家・安藤忠雄について

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建築家になった後の安藤忠雄

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世の中に建築家は山ほどいる。ともすれば安藤忠雄もその建築家のひとりとして埋もれているかもしれない。ではなぜ安藤忠雄はここまで建築家として名を馳せたのか。その要因は安藤忠雄の建築における圧倒的な情熱と自己投資である。安藤忠雄というと独学で建築を学んだ建築家として有名だが、その独学が安藤忠雄の自己投資の始まりだった。建築家として生きていくことを決めた安藤忠雄は仕事をする中で自分に建築の知識が大きく不足していることに気づく。そこで勉強をする必要性を感じたのだが、如何せんお金がない。そこで安藤忠雄は誰にも教わらずに独学で建築を学ぶことを決意する。大学で扱う建築の教科書を買い集め、バイトの昼休みや睡眠時間などあらゆる時間を勉強に注いだ。安藤忠雄自身も「半分は理解できなかったし、なぜそれが必要なのかすらわからないことも多かった」と述べていることからも『建築の力を身につけたい』という熱い思いだけが安藤忠雄をつき動かしていたことが想像できる。しかし、安藤忠雄の自己投資は一般的に話題になる買い集めた本を読みあさるといったことにとどまらない。建築の通信教育、インテリアの通信教育、夜間のデッサン教室、日本中の建築を見て回るなど細かく上げればきりがない。その中でも一番大きな影響力をもった自己投資は世界の建物巡りだろう。そのきっかけはル・コルビジュエとの出会いにある。独学中に古本屋でル・コルビュジエの作品集に出会った安藤忠雄はその本の美しさに大きく感動する。そして、バイト代をためてル・コルビュジエの作品集を手に入れた安藤忠雄は眺めているだけでは飽き足らず全ての画を覚えてしまうくらいに何度も何度もその図面を書き写す。こうしてル・コルビュジエにのめりこんでいった安藤忠雄は次第に世界の建築に大きく興味を持つようになる。そして1964年、日本での海外渡航が自由化されると、安藤忠雄は自分の興味の赴くままにすぐさま渡欧を決意する。この旅行で世界中の建築物を見て大きく感動した安藤忠雄はその後も毎年旅に出て、世界を見て回った。そしてこの経験こそが安藤忠雄の価値観を養い、安藤忠雄を世界に通用する建築家に育て上げた。1ドル360円の時代に毎年世界を見て回るとなると非常に多くのお金がかかる、しかも安全性などまったく保障されておらず、安藤忠雄も初めて世界旅行をする際には周りの人々に「もう帰ってこられないかもしれない」と告げて回ったという。このように時間やお金だけでなく命までも捧げてもいいという意識で建築に携わった安藤忠雄に、普通の建築家がかなうわけもない。安藤忠雄の強さの秘訣には間違いなくこの「圧倒的な自己投資」の考え方が大きく寄与している。
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建築家・安藤忠雄 wrote all articles.
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