安藤忠雄とは
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安藤忠雄(あんどう ただお、昭和16年9月13日-)は昭和後期-平成時代の日本を代表する建築家である。
高校時代はボクサーとして活躍したが、その後建築家に転向。インテリアなどの仕事の合間を縫って建築を独学で学び、1969年、28歳にして大阪の梅田に安藤忠雄建築研究所をひらく。事務所を抱えたものの現在のように仕事に追われることは少なかったため、読書に耽り、頼まれてもいない設計案を練ってはいろんな人に提案していた。
1970年代に入ると建築雑誌『都市住宅』に執筆した初めての論文「都市ゲリラ住居」というマニフェストと、それを体現した独立住居「住吉の長屋」(建築学会賞受賞作品)によって広く社会にその名を知られる存在となる。
その後も、今に至るまでコンクリート打ち放しの工法を追求し続け58年六甲の集合住宅で日本文化デザイン賞。平成5年芸術院賞。7年プリッカー賞、15年文化功労者。17年国際建築家連合(UIA)ゴールドメダルを受章と日本だけでなく世界中から様々な名誉ある賞を受賞し続けている。
活動の舞台も日本にとどまることはなく、1990年代後半からは活動地域を世界に広げてゆき、今日ではヨーロッパからアメリカ、アジア、中近東にいたる世界各地でグローバルな活動を展開している。
また建築家としての活動だけでなく、「連戦連敗」や「建築家 安藤忠雄」などの執筆活動やハーバード大学や東京大学で教授も務めるなど幅広く活動している。
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